2014年3月22日土曜日

ドアを作る Making door


ドアは建具屋、家の構造はフレーマー、仕上げはフィニシュカーペンターと
家を建てるにあたって仕事は分業されている、そうそうることによって
多くの人が関わり早くできるからだ。

昔のアメリカのVictorian house や Crafts man house といったものは
建前、内装、造作、家具まで一括して同じ大工さんが作っていたので
時間は相当かかったと思うが仕上がりとこだわりはすごいものだった。
家具屋に作ってもらった家が最高とされていた。

人間は年劣る、知識や技能を付ける上で高齢になると吸収が衰える。
私は細かい仕事から身につけてきたので家のフレーミングは後だった。
この逆から覚えると家具はやれなかったかもしれない。

アメリカから帰国する時に持ち帰った機械は
家が全て建てられるのに必要なものを選んで持ち帰った。

ドアを作るドアを付ける作業の中にはかなりの知識と経験が必要だ
ドアの価格を知ってもらうためにも作業の工程を簡単に記録しておき
説明できるように、今回はドアを作るところをお見せします。


今回は塗装仕上げなので材料の木目が見えない、特に種類は問わないが
柾目である、節がない、強度が保たれるものを購入する必要がある。
これらの材料はは近くの廃業された木材店らカラカラに乾燥された
栂(トガ)を仕入れることができたので良い材料がみつかった。


ドアの厚みの材料を製材する。
これはドアの金具との関係があるのでウチの場合はアメリカの規格にする
インテリア 1 3/8"(約35)  エクステリア 1 3/4"(約45) の厚みが必要だ


ドアを作成する段階で直角を出すことが重要なポイントになる
製材後のそれや木目の向きなどを決めて部材の位置を決める


西洋式のドア製作に必要なのがシェイパー
スタイルとレールといった框をオスメスに切り込む



このシェイパーは大変危険な機械でもあります。
刃物とガイドの間隔が広いとキックバックという材木が跳ね返ることがあります。
それを防ぐために合板で隙間を埋めて作業をしています。
それで切り口も段にならないのです



ダボ穴を掘る、ボーリングマシーンまたはダウルマシーンという機械
コンプレッサーの圧力で材木を抑え高さ幅を決めた穴を開ける




I am introducing to process of making Western style door.
Basicly Japanese house is smaller than Western house recently.
Which is building  lot, floor space and standard quantity material consumed.
 Door size too different, especially thickness. 

And not too many woodworkers can make these kind of door.
Reason why they doesn't have shaper, It is not common machines in here.

When I came back from U.S. I bring this shaper Yats American J50.
If you were American old woodworking machines lover, Yes you know.

This is my style of woodworking tip when shaping edge of rail.
I use single piece of plywood fence and opening space smaller as possible.
This way to prevent kickback material. 

2014年3月21日金曜日

次男の小学校卒業式 Elementary school graduation


3月20日、次男の小学校の卒業式が有った。

雨の中体育館で行われた式はとっても素晴らしい演出で心に残った。
近頃の卒業式では「仰げば尊し」は歌わないが
泣かせるメロディーが演奏、歌わされていた。

PTAの会長さんの祝辞が印象に残る。
夢がある、夢がないとしても目先のことに一生懸命取り組みなさい。
いずれそれが必ず将来何かの為になるという内容のことだった。

今朝の朝日新聞のひとに82歳の女流浪曲師の話があった
文化庁芸術祭大賞に輝いたとう話だ。
止む終えず続けてきた続けるしかなかった。
しかし、今はこれしかないこれが私の人生だからという。

昨日の印象になこった話からこの記事を読むと
自分の仕事も今はまだまだ大変やけど続けていこうと思う。

卒業式の後、教室に生徒と父兄が集まり最後の話があった。
生徒たちは各自漢字一文字を選び色紙に書き思いを説明した。
うちの次男は「枝」という文字を選んだ。

「枝」
家族について、枝豆の豆にように仲良よく過ごしたい。
それと枝は木を支えると書きます。
僕も将来枝のように人を支えられる優しい人になりたいです。

なかなかしっかりした考えを持ってるなとと思った。
まずは一段落、これkらも家族を大事にして仕事をがんばってゆこう。








2014年3月16日日曜日

ドアノブの輸入 Import hardware




ドアノブとヒンジ、フランス落、ドアストップとしを輸入した。

うちで請け負った仕事のものなら輸入品を使うことがあります。
ドアノブのように品数が断然に豊富な物は
デザインやグレードもピンキリなので予算にあわせて使えます。

アメリカからの輸入は最近はかなりやりやすくなりましたが
いくつかの難関があります。

支払い方法はカードやアメリカで普及しているPaypal を使えば
ドル換算されて簡単に支払いができますが。
一番の問題は配送です。

アメリカの店は最近では国際配送してくれるところもありますが
ほとんどがそれをやってくれません。
直送された場合は時間と送料がすごくかかってきます。

そこでうちが輸入するときの方法は
アメリカの友達のところに荷受けしてもらい
そこから荷物をまとめて日本の国際宅急便で送ってもらいます。
関税等に必要な書類はこちらから運送会社に送るので
飛行機で来る宅急便は5~7日で税関を通り到着します。

商品の価格がくで購入できるのと
デザインが豊富なので幅広く選んでもらえることができます。

今回のドアノブの輸入先はコチラです。












2014年3月15日土曜日

アメリカのLive Auction 木工機械





アメリカ滞在中にはかなりの木工機や車のオークションに出向いた
これらの写真は木工旋盤専門の会社を閉められるときに
行われたオークションの写真です。

脚立に乗られている方がオークナー
工場内は整頓されすべての物に品番が付けられている

大型自動旋盤機、刃物を作る機械、各種サンダー
製材機、クランプなどかなりの量で有った。

いろいろな理由で工場は閉められるが
この時はオーナーが居てて機械の説明をされていた
懐かしむアメリカの古い名機が多かった。
オークションの会社に販売を頼まれたのだろう。
完全売り切りでした、ここでは買うことはなかった。

また別の所のオークションの写真を機会があればお見せします。

These Photos were live auction at turning company in LA
I use to go many time to participate woodworking machinery auction. 
I still remember at this time 
They had a Yats, Oliver 24"Planer and 36"Bandsaw etc..
Contact price was like a DELTA
But machine is so much different. 





2014年3月14日金曜日

岐阜県 平野木材広葉樹市場 Hardwood live auction 









昨日、現場の仕上げ塗装までいけたので以前から誘われていた
岐阜県、平野木材の広葉樹市に行ってきました。

早朝4:45に集合して木工家5人とトラック2台で
朝7時から始まる市に下見を含めて間に合うように出発した。

今回は初めて10万円の手付を入れて競りに参加した。
頂いた番号は1818、見た瞬間あっ!これはいい番号だと直感した。
これからこの番号になるようだ。

雨の中予定どうり鐘が鳴り競りがスタートした。
今回の戦利品は5品目全て1000円で落とした。
おとした金額9千円、諸経費税金入れて12070円
落としたものは上の写真の物などです。

Hardwood live auction open at once a month.
In this day, Spring southern wind came with a rain.
Rain just fall on wood surface, It makes clearly to see hows look like.
I guess today, It was more excited bitter compere to ordinarily days.

For me, woo lucky I got goooooooooood deal today!!

Here is live auction site

2014年3月12日水曜日

ファサード 仕上げ塗装







下塗りのことをサンディングシーラーとかプライマーとか言いますが
それがどういうものかと言うと。

生地との定着がよくて上塗りとの定着が良いものです
そして塗料が柔らかくサンディングで塗装面をスムースできるものです。

今回の上塗りは日本塗料工業の調色指定でグレーでした。
京都御所の前で色規制あるため落ち着いた色下使用できません。



2014年3月11日火曜日

下塗り 吹き付けウレタンプライマー




吹き付け塗装にはスプレーガンの洗浄が大切。
2液性のウレタン塗料は硬化剤と混ぜると固まるので
前回使用時の洗浄忘れがあると掃除が大変になる。

まだ要るかな~と思って塗料を入れたままにしていると硬化してしまう。
思い切って残った塗料を捨ててしまわなければならない。

この強溶剤のウレタン塗料はいちいち高いので捨てづらい。

必要な塗料は

主剤 ・ 硬化剤 ・ ウレタンシンナー









2014年3月10日月曜日

モルディング取り付け完了 今日も雪 京も雪





モルディングが付いた
これからパテ埋め、水が冷たい。

2014年3月7日金曜日

御所西 烏丸丸太町上がる・ クラウン、フリーズ

現場の二件隣に菅原道真公生家の
菅原院神社がある、奥には教会

御所前でも宗教が共存している
信仰の自由な国であることに幸せを感じる。


近くにヴォーリズのテューダ建築
大丸ヴィラがもある。





クラウン、フリーズ完成
あとは壁、ベース、ドアジャム、パネルもルディング





2014年2月20日木曜日

Facade モール加工 モールディング



Facade ファサード モール加工 モールディング

店前のモール加工の工事を始めます。

日本では様式の廻り縁をモールということがありますが

英語ではMolding モルディング または モールディングといいます。

そしてfacade ファサードとはフランス語で建物正面という意味です。

一般的に用いられるファサードはフランス、イタリアなどに多い
バッロックやロココ建築様式を基本に作られています。

ヨーロッパは店舗や店先のデザインによく使われていものです。

これらのモール加工は私の場合アメリカで覚えました。
アメリカには多くの様式のビルディングがあり
それらのデザインを生かした形で取り入れられることが多いです。

モールの基本構造はオーダー建築様式からのもので
上部からクラウン、フリーズ、コラム、ベース、パネルなどの構造を組み合わせます。

これらはバランスと比率が大切で、有る物が無かったり、バランスが悪いと
なんとなくおかしく見えるものです、特に西洋人の目からするとそうでしょう。

上の図面は現場の状態から可能な形をデザインしたものです。
現場は京都御所下立売御門前で色はグレーの配色になりました。

そろそろこの工事を開始します。
定点撮影でブログにアップします。

店は本格台湾料理ですがオーナーがフランスの海が好きで
デザインコンセプトはフランスの海をイメージしたものです。

こちらの店舗では要望にあわせてアドバイスをしな部分的に請負いました。

工事はファサード、キャビネット、ビーチキャビン、テーブル、エメラルドの壁塗り

などを行います。



2014年2月6日木曜日

レストラン キャビネット作成 京都御所前

久しぶりの投稿です。
木工仲間に進められてブログを再開することにしました。

今は紹介の仕事で京都御所前の烏丸通りに台灣料理店のキャビネットを作っています。
指定された調色で中はエメラルドグリーン、外は白色のキャビネットです。
日亜のXO、二液性ウレタン塗装を使用しました。
高さ2.5m 長さ6.3m のキャビネットです。




2013年7月3日水曜日

鹿背山の郷蔵 移築


時は江戸時代、文化7歳(1810年)京都府南部、奈良と隣接する
木津町鹿背山にて

庄屋 安左衛門、 年寄 冶兵衛、 同 善兵衛
庄屋 惣右衛門、 年寄 利右衛門、 同 清蔵

大工棟梁 小仲平右衛門、助 藤右衛門、弟子 喜助、同 庄 

によりこの郷蔵が建てられたと棟札に記されてあった。

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相楽郡鹿背山村は江戸時代、一条領と幕府領とに分かれており、
天保5年の山城壱国惣高集帳によれば、村高は
一条領288石余、 幕府領219石余の合計508石余りであった。

この郷蔵は文化7年に建てられたことが棟札より分かるが
古くは江戸時代初期の享保2年(1717年)には「郷蔵屋敷」の存在が
鹿背山高分帳に記されている。

この郷蔵の建設に当たっては庄屋2名、年寄4名の複数の領主が記され
幕府領、一条領のそれぞれの庄屋、年寄が関与していたのである。

このことはつまり、郷蔵が両方の領主の年貢米を保管するために建てられたことを意味する。
この建物はお互いに行き来できない二つの部屋からなりそれぞれに扉がついているのは
領主の米が混じってしまうことを避けるためだったと思われる。

各地の郷蔵は、明治時代になると年貢米の保管と言う機能が不要になったため、
大多数は取り壊されたり、改造されたりして現在ではほとんど姿を消している。
当地区の郷蔵は、その由緒が明らかであり、現状から当時のはたらきを
うかがうこともできる、貴重なものと評価できる。

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今から20年程前に実はこの郷蔵も姿を消そうとしていた。

隣接してあった村の分校の児童が壁を利用しボール遊びで損傷がひどかったためや、
公民館の用地とするために取り壊されることになったのだ。