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2009年8月31日月曜日

夏の終わりに。 麿VS梅津 メソポタミアンドリーム









8月29日(土) 大阪四條畷 えにし庵にて
麿赤兒さんと梅津和時さんの野外公演が有った。
主催者は陶芸家の石田博さん、媒体を通さず人つながりで広め公演を成功させた。

麿さん梅津さんが共演するのは今回初めてで企画は数年前から立っていたが
双方のスケジュールの都合が合わず当日顔合わせとなり公演前に打ち合わせとなる。

打ち合わせ風景、写真は左寄り麿さん梅津さん石田アリさん石田博さん
打ち合わせは至ってシンプルで何時に初めて何時ぐらいまでやると言うもの。

日が下がり金屏風が金色に輝く頃、梅津さんのクラリネットか響き始める。
下手側より麿さんが現れる「白藤、白藤」と叫びながら客席側より登場
そして松明の火を迂回し竹の柵を乗り越え舞台に入る。

大阪の怪優、白藤茜さんが車いすで観覧していた客席より
麿さんの叫びを聞き蝉が殻を脱ぐ様に上半身の服を脱ぎ始めた。

打ち合わせも何もなく自然の摂理に導かれる様ににして
白藤さんは車椅子を降り幻界の舞台へと這い上がって行いった。

こうして出来た融合の世界は晩夏の夜に染まり
一足早く皆さんの心に秋の創作意欲をかき立てたのではないだろうか。

出演:麿赤兒 梅津和時 白藤茜
主催:石田博
企画:石田博、坪井保
美術:三木
照明:RYU


この日の聞かされた一言

麿さん「男一代の仕事、何が可笑しい」
麿さん「お前はまだ中途半端やな」
石田さん「これは感性のぶつかり合いなんや」

創作意欲をかきたたせる一日でした。




2009年5月12日火曜日

Bentwood / Michael Thonet



" The father of  bentwood furniture"

デッキの仕事で伺ったお宅の玄関に少し変り果てたトーネットの椅子が有った。
オリジナルは座面がCaine net製でシャレではないが「籘ネット」だった物が
100年近く使用されているうちに革製に変えられていた。

私のお宝本の中に1980年代の初期のFine woodworkerにトーネッット特集が有り
その中からこの椅子の製作過程が載っているので少しここで記載します。

Thonet's chair in production

1796年ドイツ生まれののトーネットは23歳でキャビネット工房を開き
1830年に家具を作り始め伝統的なビーダーマイヤー・スタイルから
独自の曲げ木を特徴としたボパード・チェアーを作り始める。

当初の曲げ木は薄い板を糊の釜に付け張り合わせて作るラミネーット式の物で
製作に時間と費用が嵩み1840年工房が倒産する。

その後もキャビネット工房に勤め家具製作を続けた末に晩年、現在のチェコスロバキアの
Koritshanに1856年、彼のこだわって来た曲げ木の家具が完成する。

スチームの曲げ木に適しているBeech(ブナ)の原生林に隣接した所に工場を造り
電気のないこの時代に蒸気の動力で機械を動かし、そして曲げ木にも利用していた。

彼の人生をもって辿り着いた曲げ木の工法はこうだ。

天日干しした製材前の材木を含水率20%まで乾燥さし(少し湿度のある状態)
真直ぐの木目の物を使用し、約三センチの丸棒に製材する
端材は細くして背の部分に使用する。

製材された丸棒を一晩、水のタンクに浸けておき
材木の外の含水率を30〜40%まで湿らす、心部はまだ20%の状態。

蒸気釜のスチームボックスの状態を圧力5psi 、200F (93度) にセットしておく
部材の大きさに寄って釜に入れておく時間は異なるが
椅子の部材で10分から1時間、後ろ足の背もたれの長い部材で約30分で取り出す。

背もたれになる足の部材は約二メーター程にもなる、
釜から取り出し型にはめるまでの時間は二分以内しないと曲がらなくなる。

型にはめた部材をカートに乗せ人工乾燥室に一晩入れておく
120脚分の後ろ足をカートごと乾燥室に入れ、
含水率が8%に乾燥するまでには約16時間かかるという。

大変そうでは有るがこれは画期的な作り方で椅子の工業生産の上では
先駆的な工法でもある、#14の椅子は6つのパーツに分かれ
1立方メートルの中になんと36脚も入りノックダウン式で組み立てられる。

この椅子に影響を受けたデザイナーや椅子の作家は数知れず多い。

2009年5月1日金曜日

「蟹工船 」 美術応援




SABU監督の映画「蟹工船」が6月下旬より公開されるのを先駆け
先日梅田の東映試写室に製作スタッフとして試写を拝見する事が出来た。

この作品には、友達である美術監督の磯見俊裕さんのお誘いで去年の12月に
栃木県へ美術応援の造作大工として参加させてもらった。

作業現場はセットの設営場所である倉庫とスタッフの宿舎であるマンションが隣り合わせで
それはそれは短期間の設営をする私達がまさに蟹工船の雑夫状態であった。

「CGで芝居の出来る役者は日本に居ない」と断言する磯見さんのセットは
役者が演技をするセットは基より現場の「場」作りから拘りが有る。

壮絶なパイプ配管で作られた蟹工船の船内はあり得ない様な構造ででパンクに仕上げられ
ドラム缶で出来たたタコ部屋は現代のカプセルホテルを捩り
大きな滑車を回し稼働する船内工場は一人休めば連動しなくなる強制労働を現していた。

大工の仕事も色々有り美術大工の装置が今回の仕事。
作業中はよく写真のSABU監督が来られ、作った物をスケッチされていた
きっと気に入ってもらえてたのだと思う。

私が担当した物はこれらです。

通路、宮口が自殺をするトイレ、ボイラー室の配管、ゆでたカニを載せる台
ベルトコンベアーにカニの身と缶を載せるシステム、
タコ部屋の暖を取るボイラー、無電室の配線、役員室の配線とカーペット、額縁,金庫代、
甲板のハッチとドア、甲板のリベット、ロシア船のバックパネル

塗装部さんが居るので下地までですが、一部家具は塗装も引き受けた。
大まかな指示は有るがお任せで作業出来るのでなかなか面白かった。

関西出身であるSABU監督の蟹工船は小説を忠実に表現しているのではなく
主人公である新庄(松田龍平)の独特な雰囲気を引き出し船員の雑夫達の心に詰め寄る、
そして回想シーンでは監督ならではの演出でお笑いもしっかり含まれていた。

25席しかない試写室には補助席も増やし満杯の状態
メディア向けの試写とも有り新聞、雑誌、評論家等のメディア関係者達が集まる中
ピンクのジャケットで最初に入場されたのは「ありがとう」の浜村淳さんだった
「持った刀をバッタと落とし小膝たたいて・・・・」の名調子で評論が楽しみだ。

2009年3月24日火曜日

石田 博さん 陶芸家



寝屋川の陶芸家、石田さんの所でミーティング
色々な酒瓶を空けながら会議は進み最後は
石田さんの美術談を聞いて終わった。

8月29日に大阪の四條畷で異種格闘技なる(タイトル未定)
舞踏家 麿赤兒 と サックス奏者 梅津和時 の公演を主催します。
入場300人限定、詳しい内容は決まり次第お知らせします。